目次
rumikoさんのプロフィール

【お名前】rumiko
【病名】多発性筋炎
【その他持病】乳がん
【性別】女性
【発症年齢】40代
【現在の住まい】埼玉県
【現在の年齢】52歳(2026年時点)
症状や治療法
● 初期症状
脱力感、体重減少、皮膚炎
● 発症~診断までの期間
半年~1年以内
● 現在の症状
関節痛、筋肉痛, 疲労感, 動悸、息切れ
● 現在の治療法
プレドニン、アザニン、タモキシフェン
● 再燃の経験の有無
あり
● 病気のことを一番相談できる人
医師/医療関係者
● 初年度の医療費(窓口負担額)
40万円台
● お仕事の有無
就業中(パート/アルバイト)
● 日常生活で工夫していること
適度な運動、食事
● 周囲にお願いしたいこと
重たい物が持てないことを知ってほしい。
● 早期発見のために、当時の自分はどうすればよかったと思いますか?
異変を感じたらすぐに病院に行く。
YouTubeインタビューはこちらをご覧ください。
動画投稿日:2026/10/4
rumikoさんのご紹介

本日は、多発性筋炎の患者さんであるrumikoさんをお招きしました。rumikoさん、よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

では、まず自己紹介をお願いします。

rumikoと申します。3年ほど前に多発性筋炎と診断されました。現在も治療を続けていますが、症状は落ち着いています。よろしくお願いします。
rumikoさんの症状と治療
症状や治療内容は、患者さん一人ひとりで異なります。また、注釈に記載している医学用語などの解説は、読みやすさを重視して記載したものであり、医学的な監修を受けた内容ではありません。
詳しくは、かかりつけの医療機関や担当医にご相談ください。
自転車がこげない、髪が洗えない。少しずつ失われていった筋力

Q:まず、最初に「いつもと違うな」と感じたのは、どのような症状でしたか?
A:とても疲れやすくなりました。仕事で自転車を使っていたのですが、だんだん自転車をこげなくなってしまったんです。
Q:自転車をこぐとすぐに疲れてしまう、という感じだったのでしょうか?
A:そうですね。筋力が落ちて、歩くことも難しくなってしまいました。自転車を降りて、引っ張りながら歩くような状態でした。
Q:それ以外にも症状はありましたか?
A:だんだん腕が上がらなくなり、髪を洗うこともできなくなりました。首を持ち上げるのも難しくなって、字を書くことも大変でした。
Q:かなり広い範囲で筋力が落ちていったんですね。最初に症状が出始めたときは、どのように考えていましたか?
A:年齢的に、ただ疲れやすくなっているだけだろうと思っていました。特定の病気を疑うことはありませんでしたね。
診断まで約半年。病名が分かったことで感じた安心
Q:その後、多発性筋炎と診断されるまでの経緯を教えてください。
A:毎年受けていた市の健康診断で、肝臓の数値がとても悪いことが分かりました。最初は近くのクリニックでしばらく検査をしていたのですが、その後、筋肉の酵素や炎症の数値にも異常が見つかり、総合病院を紹介されました。
総合病院でも数値があまりに異常だったため、さらに大学病院を受診することになりました。大学病院では、たくさんの検査を受けました。
Q:その段階では、医師から膠原病の可能性について説明はありましたか?
A:いえ、特にありませんでした。最初のクリニックでは対応が難しく、総合病院でも、もっと大きな病院で調べてもらう必要があるということで紹介されました。膠原病という話は出ていなかったですね。
Q:大学病院を受診してから、診断がつくまでにはどのくらいかかりましたか?
A:半年くらいです。
Q:半年間、いろいろな検査を受けても、なかなか病名が分からなかったんですね。
A:そうですね。入院して検査を続けましたが、「これかもしれない」というところまでは分かっても、なかなか断定できませんでした。
Q:ようやく多発性筋炎と診断されたときは、どのような気持ちでしたか?
A:とにかく、何が原因なのかを早く知りたいと思っていました。病名が分かれば、これからどう対策していくかも考えられます。その意味で、病名がついたことには安心感がありました。
Q:原因や病名が分かり、治療に向けて進めることへの安心があったんですね。診断を受けるまでの間、ご家族やご友人とは病気について話していましたか?
A:私は一人暮らしで、家族も近くには住んでいません。入院中などに電話で話すことはありましたが、直接顔を合わせて話す機会はあまりありませんでした。
歩けなくなるかもしれない。筋力の低下への不安

Q:病名が分かって少し安心した一方で、これからの生活について不安もあったと思います。特に大きかったのは、どのような不安でしたか?
A:やはり、筋力が落ちてしまったので、自分で歩けなくなるのではないかという不安が一番大きかったです。
Q:入院中はリハビリもされていたのでしょうか?
A:そうですね。歩行器を使って歩く練習などをしていました。ただ、リハビリをやりすぎると、筋肉の炎症がまたひどくなってしまうこともあるので、加減がとても難しかったです。
Q:筋力が落ちているからリハビリは必要だけれど、頑張りすぎると症状が悪化する可能性もあるんですね。
A:そうなんです。病院の廊下をゆっくり50メートルほど歩くのが精いっぱい、ということもありました。
Q:入院期間はどのくらいでしたか?
A:1か月です。
多発性筋炎と乳がん。二つの病気の治療を続ける日々

Q:退院後も通院や治療を続けていると思いますが、現在はどのようなお薬を使っていますか?
A:現在は、プレドニンとアザニンという免疫に関わるお薬を飲んでいます。
Q:副作用で気になることはありますか?
A:やはり、ムーンフェイスが一番気になります。特に薬の量が多いときは出やすかったですね。
Q:皮膚にも症状が出たことはありますか?
A:多少ありました。最初は皮膚筋炎の可能性もあると言われましたが、皮膚の症状はそれほどひどくありませんでした。 ただ、座った状態から立ち上がるときなど、今でも何かにつかまらないと立ち上がれないことがあります。
Q:治療を続けるなかで、特に大変だと感じることは何でしょうか?
A:これは私の場合ですが、多発性筋炎の検査を受けている途中で、乳がんも見つかったんです。
まずは乳がんの手術を優先することになり、その後も多発性筋炎と乳がん、両方の治療を並行して続けています。
今は落ち着いていますが、当初は複数の診療科に通う必要があり、通院の回数もとても多かったです。乳がんの治療でも薬を飲んでいるので、それぞれの薬の副作用も含めて大変でした。
Q:二つの病気を同時に治療するとなると、通院だけでなく、薬の管理や副作用への対応も大変ですよね。
多発性筋炎の治療薬について、乳がんの治療に合わせて調整することはありましたか?
A:特にありませんでした。
Q:お薬の量も多かったのでしょうか?
A:多かったですね。でも、徐々に減らしてもらっています。先日の受診でも、膠原病の先生から「この薬を少しやめてみましょうか」と提案していただきました。
Q:少しずつ薬を減らせるようになってきたんですね。
A:そうですね。もともと健康だったので、こんなにたくさんの薬を飲む生活は初めてでした。
離れて暮らす家族の存在が支えに

Q:治療を続けるなかで、支えになっているものはありますか?
A:やはり、離れて暮らす家族の存在ですね。 あまり負担をかけたくないので、自分から積極的に病気の話をするわけではありません。でも、家族と会ったり、話したりすることは、とても支えになっています。
Q:一人で抱えきれないこともありますし、家族と話す時間が支えになるというのは、私もよく分かります。
A:ありがとうございます。
病気をきっかけに転職。体力に合わせた仕事へ
Q:続いて、日常生活や仕事について伺います。多発性筋炎になってから、生活のなかで一番変わったことは何でしょうか?
A:転職したことですね。 以前は、一日中歩き回るような外回りの仕事をしていました。でも、筋力が落ちてしまい、その仕事を続けることが難しくなったので、別の仕事に変えました。
Q:以前の職場には、病気のことを伝えていましたか?
A:病気のことは伝えていませんでした。「体力的に仕事を続けるのが難しくなった」という説明をしました。 病気のことを話したときに、相手の反応やその場の空気が重くなってしまうのは、できれば避けたいという気持ちもありました。
Q:職場で配置転換をしてもらうなど、別の仕事を続ける選択肢はなかったのでしょうか?
A:外回りの仕事が変わらない職場だったので、別の部署に移ることも難しく、辞めるしかありませんでした。
Q:転職先は、どのように探したのでしょうか?
A:趣味で音楽をしていて、音楽療法について少し勉強したこともありました。それに関連する仕事ができたらいいなと思っていたんです。 直接関係する仕事ではありませんでしたが、友人から、福祉施設で職員を探していると聞き、そこで働かせていただくことになりました。
Q:新しい仕事は、体力的な負担も少なくなりましたか?
A:力仕事はないので、以前より負担は軽くなりました。
Q:転職した当時は、まだ多発性筋炎と診断されていなかったんですよね?
A:そうです。最初の症状が出て仕事を辞め、その後、新しい職場に入ってしばらくしてから入院しました。病名が分かったのは、その後です。
見た目では分かりにくい病気。周囲に伝える難しさ
Q:多発性筋炎は、症状が見た目だけでは分かりにくいこともあると思います。病気のことを周囲に伝える際、迷うことはありますか?
A:病気のことを隠したいわけではありません。でも、見た目は元気そうに見えるので、自分から積極的に伝えようとも思っていません。 一番の症状は疲れやすさですが、疲れは誰にでもありますよね。だから、それ以上のことを説明するのは難しいと感じます。
Q:確かに、疲れやすいというだけでは、病気による症状なのか、なかなか伝わりにくいですよね。反対に、周囲の人に病気を理解してもらえて、うれしかったことはありますか?
A:荷物を持ったり、運んだりすることが今でもとても難しいので、周りの方が手助けをしてくださるのはありがたいです。
Q:自分では難しいことに、さりげなく手を差し伸べてもらえるのはうれしいですよね。
A:そうですね。ただ、あまり気を使っていただくと、申し訳なく感じることもあります。でも、無理をして荷物を持ち、落として壊してしまっても困りますからね。
Q:周囲の方の気遣いがありがたい一方で、申し訳なさも感じるんですね。では、反対に、周囲に理解してもらえずにつらかった経験はありますか?
A:病気を理解してもらえなかった、という経験はありません。 ただ、周りの人と自分を比べてしまうと、つらくなることはあります。
Q:それは、以前できていたことができなくなった、という気持ちでしょうか?
A:以前と比べるというより、今、元気にあちこちへ遊びに出かけている人を見ると、いいなと思ってしまいます。
それから、一人暮らしということも、気持ちに重くのしかかることがあります。そばに家族がいる人を見ると、うらやましく感じてしまうこともありますね。そうすると、少しマイナス思考になってしまいます。
Q:周りの人がよく見えてしまうことは、誰にでもあると思います。病気があると、なおさら感じる場面もあるかもしれませんね。
A:そうですね。
病気を経験して変わった、自分自身への向き合い方
Q:多発性筋炎と診断されてから、3年ほど経つとのことですが、病気を経験して、考え方や人生観に変化はありましたか?
A:私は子どもの頃からコンプレックスが強く、自分には価値がないと感じることも多かったんです。
でも、病気になってからは、「自分も頑張っているな」と、自分自身を認めようと思えるようになってきました。 また、自分がしたいことや、行ってみたい場所にも、少しずつ出かけてみようと思えるようになりました。以前より前向きな気持ちになれたと思います。
Q:病気を経験したことで、自分を大切にしようという気持ちが強くなったんですね。
A:そうですね。
Q:今、生活するうえで大切にしていることは何でしょうか?
A:やはり、楽しむことです。 これからは、今まで行ったことのない場所へ出かけたり、趣味の時間を楽しんだりする機会を、もっと増やしていきたいと思っています。
Q:自分が楽しめる時間を大切にしながら、これからもいろいろなことに挑戦していただきたいですね。
A:はい。
人と会うのがつらいときも、自分の気持ちを否定しない
Q:最後に、この動画を見ている皆さんへメッセージをお願いします。
A:人と交流することには、励みになったり、心強く感じられたりと、良い面がたくさんあると思います。
一方で、人と会うことで、自分のつらさが増してしまうこともあると思うんです。
でも、そういう気持ちになってしまう自分を否定せず、日常生活や人とのコミュニケーションも、無理のない範囲で続けていけたらいいのかなと思います。 自分が安心できたり、楽しめたりする場所や、悩みを相談できる場所を持つことも大切だと思います。
Q:ありがとうございます。
人とつながることが支えになる一方で、周りと比べてつらくなってしまうこともある。そんな自分の気持ちも否定せず、無理のない範囲で人と関わっていくことが大切なのかもしれませんね。 本日は、多発性筋炎の患者さんであるrumikoさんにお話を伺いました。rumikoさん、貴重なお話をありがとうございました。
A:ありがとうございました。
